東京高等裁判所 昭和26年(行ナ)33号 判決
原告 株式会社コパル光機製作所
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「特許庁が昭和二十六年抗告審判第六八五号事件について昭和二十六年十一月二十一日に為した審決を取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める旨申し立て、其の請求原因として、
(一) 原告は昭和二十五年三月三日特許庁に商標登録出願(昭和二十五年第四三五八号)をしたところ、昭和二十六年七月三十日登録拒絶の査定を受けた、そこで原告は同年九月十日抗告審判の請求をしたが、右審判(昭和二十六年第六八五号)では同年十一月二十一日「原告の抗告審判請求は成立たない」との審決をし、其の謄本は同月二十七日に原告に送達された。
(二) 右審決に於て被告は「本件出願商標はCPLの三字を普通活字体で左から順に横書きしたもので、第十八類理化学、医術、測定、写真、教育用の器械器具、眼鏡及び算数器の類並に其の各部を指定商品とするものであるが、同じく第十八類トーキー録音器械、トーキー映写械及びトーキー発声器械を指定商品とする登録第二四〇三〇号商標は、横に長い円形の輪廓内にゴジツク体でP・C・Lの三字を左から右に横書きして成るのであつて、両者は外観上類似の範囲を脱した差異があるものの、称呼上から見るときは三音中第一音と第二音とが前後した微差を存するに止まり全体として称呼類似の域を出ない」と為している。
然し、破裂音に始まるP音と摩擦音に始まるC音との間には音感上明瞭に区別し得る差異があるから「ピー・シー・エル」と「シーピーエル」とは断じて称呼類似ということはできない。
而も特許庁の既登録例に徴してもローマ字の順を変えて配列した文字商標が多々あり、登録第二四三一一号C、K、S、登録第三四三三五五号S、C、K、登録第四〇七七三四号CSKの如きも其の一例であつて、右はいずれも同じく第十八類の商品を指定商品とし相互に問題を起すことなく現存しているものである、斯くの如く元来僅か三字程度のローマ字商標にあつては之を構成する各文字相互間に外観上、称呼上の類似がない場合、其の配列順序が転位されれば視感、音感の上に明瞭な差異を容易に感得できるものであるから、それ等を互に非類似の商標と認むべきものであることは経験則に照らし当然のことであり、特許庁が従来この種の商標を各独立の商標として登録し来つたのも寧ろ至当のことである。
然るに、独り本件の場合につき他に首肯するに足る理由を示さずして前記引用登録商標と類似であると為すのは理由不備と謂わざるを得ない。
そもそも特許庁としては、語義のないローマ字の組合わせで其の配列の順序を幾通りかに変化して商標として出願された場合につき、あらかじめ、その相互間の類否判定に関する確たる審査基準を定め審査の場合之に則り且拒絶する場合右基準を示して之を為すのでなければ理由を示して拒絶したとはいえない。
(三) 又前記審決に於て被告は「本件出願商標と引用登録商標とは構成要素である文字が同一であるから観念上類似である」と為している。
けれども、商標の類否判定に当つて考察すべき観念の類似というのは商標の外観又は称呼から連想される事柄の類似を指すものであること洵に明白である。然るに本件出願商標及び引用登録商標はいずれも語義のないローマ字の組合せで観念の生じよう筈がなく従つて其の類似などと云うことは絶対にあり得ない。
又仮にあつたとしてもこれを拒絶の理由として原告に通知し又意見開陳の機会を与えなかつたものであるから、原審決は此の点に於ても違法である。
(四) 引用登録商標が適法に現存することは原告も認めるのであるが、その要部をなすP・C・Lの三字は其の前権利者である株式会社写真化学研究所の英語名の頭文字であり、昭和十二年現権利者に合併されて前権利者の会社が解散されて以来此の商標は事実上使用されていない。
又右前権利者は発声映画製作の先駆者として「ピー、シー、エル」と略称され当時業界は勿論映画愛好者間に知られて居たのであるが、之を「シーピーエル」と誤称したものはなかつた。
本件出願のCPLは原告会社の社名コバルの英文字COPALの父音文字だけを其の順に横書きしたもので、原告会社の製品例えば「コバルシヤツター」に刻印され国産カメラの優秀品に取り付けられて居るか、之を「ピー、シー、エル」などと誤称されたことは絶対になく且誤称の可能性もなく、審決は実験則を無視したものとして違法たるを免れない。
仍て審決の取消を求めるため本訴請求に及んだと陳述した。
被告指定代理人は「請求棄却」の判決を求め、其の答弁として、
原告主張(一)の事実は全部認める。なお原告は本件登録出願を昭和二十五年商標登録願第四三五九号と連合の商標登録願に訂正したものである。
原告主張(二)の事実中被告が原告主張のような内容の審決を為したこと、原告の出願商標及び審決引用商標の構成並に指定商品が原告主張の通りであること、原告援用に係る登録商標が現存することは認めるが其の余は否認する。原告の出願商標と原審決引用商標とを称呼上から比較すると、前者が「シーピーエル」で後者が、「ピー・シー・エル」であることは其の構成態様から極めて自然であり、其の相違点は三音中第一、第者二の音が前後した微差あるに過ぎないから、簡易訊速を尚ぶ取引会社の実験則に照して此のような差異は誤認を生ずる虞れあること明かで、称呼上類似の商標たるを免れない。
又、登録出願を拒絶する場合箇々の事案につき其の類否を判定した理由を示せば足るのであつて、特許庁に於ける類否判定の基準を示す如きは、既登録商標等にも直接影響を及ぼし寧ろ有害である。
原告主張(三)の事実中原告主張のような内容の審決を為したことは認めるけれども其の余は否認する。
原告の出願商標と審決引用商標とは共にローマ字を要部として成るもので同一文字を組合わせたものであるから、取引上其の観念も彼此相紛らわしいものと謂うを至当とする。
又本件登録拒絶査定には「本件出願商標は登録第二四〇三〇二号商標と類似し同一又は類似の商品に使用するものであるから商標法第二条第一項第九号の規定によつて登録できないものと認める」旨を示して居るのであるから、その中に右観念上類似の点も含まれて居ると解して然るべきであり、これに関する拒絶理由通知がなかつたものとは謂い得ない、加え、原告は右観念上類似の点についても意見書を提出しているのであつて、審決には何等所論のような違法はない。
原告主張(四)の事実は否認する。審決引用の商標は昭和八年三月十一日に出願、昭和八年一月三十日に登録され現在東宝映画株式会社の専用に属するものである。
と答え、商標登録査定は必ずしも常に適正とは云えないのであつてその為めに商標法第十六条の規定があるのであるから、原告援用に係る登録第四〇七七三四号商標の如きも右法条による審判の請求があつた場合には、それが本件出願商標と条件が同じだとするも「右登録には、之を無効とすべき瑕疵があり登録を失当なり」とする審判があり得ることを予想し得ないではないから、之を援用するのは違法であると述べた。
(各立証省略)
三、理 由
特許庁における本件商標の登録の出願から、抗告審判の審決ならびにその謄本送達に至るまでの手続審決が原告主張のような内容のものであること、及び本件出願商標と審決に引用の登録商標の各構成については当事間に争いがない。
よつて、右両標が類似しているか、否かの主要な争点につき審按する。
右両者はその構成、態様に於て、わずか三字のローマ字を主たる構成部分とするものであり、而も其の三字は総て同一の文字を使用しそのうち末尾のLの文字の如きは其の位置さえ両者相等しくするものである。然し、外観上其の第一字、第二字は夫々順位を逆にし且該文字はいずれも一見して明白に其の異同を弁別するに見る字形を具有するP又はCであるのみならず、両者は全体としても普通活字体、ゴジツク体と各字体を異にし、後者には特に各文字の末尾下部に終止符を附し且長楕円形の輪廓の存する等両者の対比に際して視感上相互に其の特長となるべき点を数多具備するのであつて、近来ローマ字の瞥見、使用に慣熟するに至つた通常人の知識程度、経験に照しても、之を相類似する外観を有するものとは到底認め難い。
けれども、右両商標を称呼上から比照し之を仔細に検討すると、通常前者が「シーピーエル」、後者が「ピー・シー・エル」と称呼さるべきことは当事者間に争いがないから、両者の相違点は主として始めの「シー」と「ピー」とが入れ替つている点にあると謂わねばならない。そして「シー」と「ピー」は其の音感の当初に於て箇別的には些か異るものが、何れも同じ「イ」音を母韻とするのであつて而もそれが長く延長されるのを通常とするから、其の語感は相互に近似するに至り且通常余韻の最も強く印象され長く残存する最後の文字が両者共、主として口蓋内に於ける舌の回転によつて発せられる特異な音「エル」であるから、両者の全体的な語感、印象は著しく近似するに至ること経験則上明かである。そして斯様な称呼の際に於ける近似性は、近来の簡易訊速を尊ぶ取引社会にあつては両者の混同、誤認を生ずる可能性があり結局両商標は其の称呼に於て相類似するものと謂わなければならない。原告は「シーピーエル」を「ピーシーエル」と誤称された例はないと主張するけれども之を確認するに足る証左は存しない。又審決引用の登録商標が往年、わが国に於ける発声映画製作会社に於て使用され「ピー・シー・エル」と略称されていたことは当裁判所に顕者であるが、これを「シー・ピー・エル」と誤称されたことはないとの点、及び右商標が現在は使用されていないとの点については、これを確認するに足る証左がない。更に、原告援用に係る登録第二四三一一六号、同第三四三三五五号、同第四〇七七三四号、各商標が現存することにつき当事者間に争いがなく。而してこれら三商標が「ローマ」字C、K、S、の三文字の転位排列されたもので、その転位排列の関係、特に後二商標の右関係が本件出願商標と引用商標との関係におけると同様であることは、成立に争いのない甲第一号証の一乃至三によつて明らかであるが、これを称呼された場合における一般取引者又は需要者に与える音感については必ずしも本件の場合におけると同じであるとは断じ難いものがあるから、右登録が存するの故を以て本件出願も許容さるべきものなりとは断じ難く、その他に右登録が本件と直接関係ありとなすに足る証拠が存しないから、前記認定を覆えすに足りない。
原告は、特許庁において本件登録拒絶査定につき何等抽象的、一般的、基本的な類否判定の審査基準を示さなかつたことは、その主張のような理由により結局、拒絶の理由を示さなかつたことに帰し、違法であるというけれども、商標法その他の法令に、かような商標の類否判定に関する審査基準を定めることを要する旨の規定なきは勿論、元来、商標類否判定は各事案の具的内容に従つて、これをなすべきものであるから、特許庁が本件登録出願の拒絶にあたり、所論のような措置に出でなかつたことは当然で、審決には何等の違法がない。
次に、本件出願商標と引用商標の観念上の類否について審究するに、文字自体にも又、組合せ自体にも客観的には何等格別の意味のない関連性のない三箇のローマ字をならべた場合は、特異な条件の附加されない限り、二商標の類否を判別するに足る観念を生じないのが通常であり、本件に於ても、その例外的な場合に該ると認めるに足る証左が存しないから、前記両商標は観念上から、その類否の判断をする余地のないものというべきところ、審決は原告のいうように右両商標が観念においても類似するものとなし、これを審決の一理由となしたのは失当である。しかし、右両商標は前記の通り称呼上類似するものであつて、この事実は、審決の理由になつているものであるから、結局審決はこの理由のみによつて正当としてこれを維持し得るものである。何故ならば商標は外観、称呼及観念のいずれか一において同一又は類似であればこれをもつて商標の同一又は類似ありということができるからである。しからば、本件商標に於て称呼上類似していること右の如しとすれば審決が商標の観念上の類否に関し、右のような判断をなし、しかもこの判断をなすに当り、仮に、所論のような手続上の瑕疵があつたとしても、かような事実あるの故をもつて審決を取り消すべきものとなすに足りない。
すると、外観、観念上に於ては類似するものといい得ないけれども、本件出願商標が審決引用の登録商標と称呼の上に於て相類似するものであること前説示の通りである以上、前者は後者の類似商標たるを免れない。しかも、その指定商品については当事者間に争いがないのであつて、相互に牴触すると認められるから本件出願商標は他人の登録商標と類似し、且、同一又は類似の商品に使用するものであつて、商標法第二条第一項第九号により登録し得ないものであるといわねばならない。したがつて、本件出願商標を登録すべきでないとした審決は結局正当であつて、これが取消を求める本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十五条、第八十九条に則つて主文の通り判決した。
(裁判官 小堀保 三宅多大 判事内海十楼は差支につき署名捺印することができない、裁判長判事 小堀保)